三重県伊賀市。忍者の里として知られるこの地が、日本の組紐生産の約9割を担っていることをご存知だろうか。伊賀くみひもの歴史は、一つの法律によって大きく運命を変えられた物語だ。
武家文化と組紐
組紐の歴史は奈良時代にまで遡る。鎌倉時代以降、武士の甲冑や刀剣の柄巻き、下げ緒として欠かせないものとなった。
特に戦国時代には、武将の身分や所属を示す重要な装飾品として、組紐の技術は飛躍的に発展した。複雑な組み方、鮮やかな色使い——組紐は武家文化の中で高度な芸術性を獲得していく。
廃刀令——産業崩壊の危機
1876年(明治9年)、明治政府は廃刀令を発布。武士が刀を帯びることが禁じられ、組紐の最大の需要が一夜にして消滅した。
全国の組紐職人は途方に暮れた。何世代にもわたって培ってきた技術が、もはや必要とされない。多くの職人が廃業を余儀なくされた。
帯締めとの出会い——復活の糸口
転機は意外なところから訪れた。江戸の深川芸者たちの間で、組紐を帯締めとして使うことが流行し始めたのだ。
刀の紐から帯の紐へ。用途は変わっても、紐を組む技術の本質は変わらない。
ここに工芸の本質がある。「用」が変わっても、「美」は受け継がれる。備前焼が花器から食器へ、漆器が武具から食膳へと「用」を変えてきたように、組紐もまた新しい「用」を見つけることで命脈を保った。
柳宗悦の「用の美」は、固定された用途に縛られるものではない。時代とともに用途が変われば、美の姿もまた変わる。しかし、人の手がつくるものの根底にある力強さは変わらない。
廣澤徳三郎と伊賀組紐の確立
1902年、廣澤徳三郎が東京で修行した後、故郷の伊賀に組紐工場を開設。これが伊賀組紐産業の始まりだ。大阪と名古屋の中間に位置する地の利、養蚕が盛んで絹糸が容易に調達できたこと、京都の和装文化圏に近かったことが、伊賀を一大産地に育てた。
「君の名は。」——世界が知った組紐
2016年、新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』が世界的大ヒット。物語の重要なモチーフとして「組紐」が登場し、伊賀くみひもは世界的な注目を集めた。
危機を乗り越え、新しい「用」を見つけ、テクノロジー(アニメーション)によって世界に広まった組紐。その歴史は、工芸が時代とともに変化し続けることの証だ。
廃刀令から150年。幾度の危機を乗り越えてきた組紐の技は、今も新しい糸を紡ぎ続けている。
Philosophy of this story
危機と再生
この記事が探求するのは「危機と再生」という視点です。 工芸品の奥にある哲学を感じながら、あなた自身の暮らしと手仕事の関係を見つめ直してみてください。
編集部
KOGEI PORTAL 編集部