糸が記憶する手の温度 — 結城紬の職人に聞く
職人素材との対話

糸が記憶する手の温度 — 結城紬の職人に聞く

ユネスコ無形文化遺産に登録された、手つむぎ・手織りの極致

藤村 真紀||10分で読める

茨城県結城市。関東平野の北端に位置するこの町で、二千年以上にわたり紬が織られてきた。結城紬は、真綿から指先でつむいだ糸を手括りで絣模様に染め、地機(じばた)で一反ずつ織り上げる。その全工程が手作業であることが評価され、2010年にユネスコ無形文化遺産に登録された。

真綿つむぎ——指先の記憶

結城紬づくりは、まず蚕の繭を煮て真綿を作ることから始まる。その真綿を指先で少しずつ引き出し、撚りをかけずにつないでいく「糸つむぎ」の工程は、結城紬の品質を左右する最も重要な技だ。

「糸は生きものです。湿度が高い日は糸が素直になるし、乾燥した日は切れやすくなる。その日の糸の機嫌を指先で感じ取って、力加減を変えるんです」

一反分の糸をつむぐのに、熟練の職人でも約三ヶ月。機械では決して再現できない、空気を含んだふんわりとした風合いの糸が生まれる。

絣くくり——百亀甲の挑戦

結城紬の模様は「絣(かすり)」で表現される。糸を染める前に、模様になる部分を綿糸で一つずつ括って防染する。最高級品とされる「百亀甲(ひゃっきっこう)」の絣柄では、一反あたり数万箇所を括ることもある。

「若い頃は速さを競ったものです。でも今は、一つひとつの括りに同じ力をかけることの方が大事だとわかります。力が揃わないと、模様がぼやけてしまいますから」

地機——身体全体で織る

結城紬は「地機(じばた)」と呼ばれる原始的な織機で織られる。腰に経糸の張力をかけ、身体全体を使って織り進める。一日に織れるのはわずか数センチ。一反を織り上げるのに数ヶ月を要する。

地機で織ると、織り手の呼吸が布に宿るんです。高機で織った布とは手触りが全然違う。柔らかくて、身体に吸い付くような風合いになる。

素材と職人が対話しながら、少しずつ布が生まれていく。これは効率の問題ではない。手仕事でしか到達できない質が、確かに存在するのだ。

後継者という課題

結城紬の職人は最盛期に比べて大幅に減少した。工程ごとの分業制のため、一つの工程の担い手がいなくなれば、全体が立ち行かなくなる。

「技術は口で教えられるものではないんです。横で見て、真似して、身体で覚える。だから時間がかかる。でも、焦ってはいけない。千年以上続いてきた技ですから、ちゃんと次の世代に届けないと」

結城の町で、今日も静かに機の音が響いている。糸に記憶された手の温度は、次の織り手へと確かに受け継がれていく。

Philosophy of this story

素材との対話

この記事が探求するのは「素材との対話」という視点です。 工芸品の奥にある哲学を感じながら、あなた自身の暮らしと手仕事の関係を見つめ直してみてください。

#結城紬#織物#茨城#ユネスコ#職人インタビュー

藤村 真紀

ライター